――今回のオファーが来た際の印象はいかがでしたか?
僕が音楽を担当する作品は、勢いよくバトルをしているような作品が多くて、作品タイトルからもなんとなく雰囲気を掴むことができるんですけど、『君は放課後インソムニア』(以下、『君ソム』)の場合は、最初はタイトルからだけでは掴むのが難しくて、どんなお話なんだろうなと思って原作を読むことにしました。普段、監督やプロデューサーさんとお話しする前に原作を先に読むことはあまりしないんですよ。自分の中で変な印象がついてしまわないように。でも『君ソム』の場合は、情報ゼロで打ち合わせに行くのは不安だなと思って、先に原作を読んで、アニメのお仕事では普段僕がしないような雰囲気のオファーだなということを思いつつ、打ち合わせに行ったのを覚えています。そして劇伴食堂 はやし屋という町中華のお店で、繊細なお惣菜を頼んできたなと(笑)。
――確かに、林さんのアニメの音楽のイメージはバトルやファンタジーもののイメージがあります。
でも実写映画や実写ドラマだと、キュンキュンするような作品の音楽も担当しているんですよ。そういう意味では、アニメでこういった作品は初めてだったので、自分自身楽しみでしたし、ワクワクしながら作ったところがあります。
――原作を読んでみての感想をお聞かせください。
まずは、甘酸っぱさが爆発していました。そして、音楽を担当するにあたって、すごく難しい作品だなと思いました。コミカルなシーンや、はっとするシーン、甘酸っぱいシーンの雰囲気をどうやって音にしたらいいのかなと考えましたね。僕は、高校も大学もいわゆるキラキラしたキャンパスライフ的な経験がなくて、そういう学生生活とは無縁だったんです。そんな人たちが希望を持てるような内容の作品に対して、「俺たちの青春を取り戻そう」という大人たちが力を結集していたんじゃないかなと思います(笑)。一つの出会いで、人生の景色が変わるぐらいのものになってしまうんだということを、音楽で表現してくださいというのが今回のお題でしたからね。
――制作サイドやプロデュースサイドとはどのようなお話しをされましたか?
振り返ると数年前なので、実は完全には思い出せないんですよね(笑)。ただ頂いた資料には、君ソムのアニメとして想定している楽曲のイメージが、他作品なども引用しながら書かれていました。引用されていた他作品のイメージなどでは、強すぎない一歩引いたような雰囲気のある楽曲想定だったと思うのですが、『君ソム』はセリフで語らないところも多い作品だと思っているので、もう少し音楽で説明するような形が良いのかなと思って、<メロディは色濃く、アレンジは淡く>という形で作ることにしました。
――本作の音楽を作る上で、どのようなところを大切にしようと思っていましたか?
未完成な2人が作り出す世界みたいな感じを出したいなと思って、アコースティックなもので、例えばピアノはグランドピアノじゃなくて、アップライトピアノにフェルトを挟んだ音にしてみたり、編成も、ギターやバイオリン、チェロ、シンセが入るくらいで、そんなに奇をてらった音は入れないようにしましたね。
あとは、星の瞬きをイメージした音を入れたくて。コシ・チャイムっていう楽器があるんですけど、風鈴みたいな筒の中に長さの違う鉄の棒が6本くらい入っていて、中に鉄の輪っかがついていて、振ると音階が鳴るんですよ。それで和音を作って、アイキャッチやメインテーマに効果のように使っています。
――こだわりの音が使われているんですね。
はい。コシ・チャイムは、京都の民族楽器を扱っているマニアックなお店に行って買いました。
――先ほど、アップライトピアノにフェルトを挟んだ音とおっしゃっていましたが、どのようなものなんですか?
アップライトピアノって、まずは蓋がしてあるんですけど、そこを開けると、弦とハンマーがあって、真ん中のペダルを踏むとフェルトがハンマーと弦の間に挟まって、音がこもるというか、柔らかくなるんですね。でも通常だと、フェルトが一枚の大きな物になっているので、例えば、高いドの音を鳴らそうとしたら、並んだ隣の弦にも干渉してしまってノイズが出てしまうんです。だから、弦一つ一つに、一枚のフェルトを入れるようにしたかったんです。それで、まずアップライトピアノがある音楽スタジオさんに、アップライトピアノを分解してフェルトを入れていいか確認してもらって。結果として、音響ハウスさんが、調律師を横に待機させて、現状復帰してくれたら分解してもいいということで、自分の思うような音を作ることができたんです。
――ピアノの音一つにもこだわって作られているんですね。
あと、カメラも『君ソム』のアイコンの一つということで、カメラのシャッター音や作動音を、パーカッションとして曲の中に取り入れてみたりしています。
――完成した映像を観たときの印象をお聞かせください。
これはアニメの本編前のお話なんですが、スペシャルアニメーションPV(https://youtu.be/R_wY8rFouBI)の音楽を最初に作ったときに、PV映像の猫がすごくヌルヌルと動いてて、すごいなぁって思いましたね。ファンの人たちは完成形を見られる嬉しさがあると思うんですけど、僕たち(制作スタッフ)は、未完成なところから見ているんで、赤ちゃんがうまれて、ハイハイして、立ち上がって、小学生になっていくみたいな感じで、立派になっていくのを見ていく楽しさもあるんですよ。
――今回、『君ソム』に関わられたことで、ご自身の中で得た気づきはありますか?
改めて、こういう方向性が好きなんだなと感じましたね。バトルものやスポーツもののお仕事を頂いたり、熱血青春ものが多かったりするんですけど、『君ソム』みたいな作品もそれとは対極にいるようで、両者とも求めているものは同じ方向性があるんだなと。ただその見せ方が違うだけであって、メロディックなものだったり、世界観をもとに音色として落とし込んでいくことだったりが、僕は好きなんだなっていうのを改めて認識できました。それを感じられた、大事な作品ですね。
――最後にファンの方たちへメッセージをお願いします。
『君は放課後インソムニア』は、今後、僕の代表作の一つとして、挙げていく作品です。たくさんの人たちに、もっと届くといいなと思っております。